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先代鳴戸親方夫人騒動は母親と遺品裁判がドロ沼化し稀勢の里も場所に集中できない [スポーツ]

9月場所も近づき、横綱稀勢の里の怪我の他に気になることがあるようです。
先代鳴戸親方の夫人と母親が遺品をめぐってドロ沼裁判になっているというのです。

今年4月に千葉地裁に提訴され、仙台鳴戸親方の故郷青森に移送されて、裁判は続いています。

まだ決着がつかず、平行線のまま。

詳細を見ていきましょう。

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先代鳴戸親方夫人と母親の裁判


先代鳴戸親方は、2011年11月に急死しています。
先代鳴戸親方の遺品は、地元青森の実家にあり母親が管理保管していて、先代鳴戸親方夫人典子さんは、先代鳴戸親方がなくなり、遺品を巡って現在裁判が行われています。

遺品を松戸の旧鳴戸部屋で遺品展示したいと希望を出し、その所有権を求めて、夫人が提訴。
裁判は、青森地裁に移送されて3月に第一回口頭弁論が行われました。

母親は、所有権請求棄却を求める答弁書を提出しました。

母親は、

「息子(先代鳴戸親方)は故郷で記念品をファンにみせることを望んでいました」

と主張。

裁判は、まだ進展しておらず、弁護士からの連絡待ちだそうです。

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先代鳴戸親方夫人と稀勢の里


先代鳴戸親方の死後、隆の鶴(現在田子の浦親方)が継承しましたが、夫人の典子さんがおかみさんとして鳴戸部屋の実権を握っていました。

その理由が、

「夫人が隆の鶴(現在田子の浦親方)の幕内八枚目の力士では、鳴戸の名跡が泣く」

と譲ってくれなかったことでした。

お金も握られ、隆の鶴(現在田子の浦親方)は困っていたようです。

鳴戸部屋を継承するには、名跡が必要で部屋も消滅してしまいます。

おかみさんである先代鳴戸親方夫人典子さんに、鳴戸の名跡を借りていたので、名跡を譲ってくれるように、頼んだ隆の鶴。

そうすると、先代鳴戸親方夫人典子さんは、法外な額を要求してきました。
困り果てた隆の鶴(現在田子の浦親方)は、2012年に亡くなった元幕内「田子の浦」の名跡を取得すい、弟子を引き連れて鳴戸部屋を出ていってしまいました。

おかみさんである先代鳴戸親方夫人典子さんと縁を切り3年が経ちましたが、稀勢の里は未だに先代鳴戸親方のことを慕っているようです。

相撲に集中したいですが、裏でこのようなことが起きていると、裁判のことは気になっている様子。

遺品の所有権は、法律上は妻と子供にあるはずですが、どうして母親の元にあるのか?
名跡を巡って法外な額を要求したわけは?

先代鳴戸親方夫人典子さんに何かあるのでしょうか、、、

稀勢の里には頑張っていただきたいですね!

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